ミツクリザメ(Goblin shark)図鑑
極端な顎の前突と長い“へら状の吻”で知られる深海の捕食者。世界の温帯〜亜熱帯の深場に散在し、人間との遭遇はまれ。 1898年に日本産標本をもとに新種記載され、2026年には自然の深海環境を泳ぐ生体が初めて直接観察された、今なお謎の多いサメです。
基本情報
- 和名
- ミツクリザメ(テングザメとも呼ばれる)
- 英名
- Goblin Shark
- 学名
- Mitsukurina owstoni
- 分類
- ネズミザメ目 ミツクリザメ科 ミツクリザメ属
- 体長
- 一般に 2〜4 m 級。FishBase の common length は約 2 m。大型個体では 5 m を超え、最大推定 6.17 m の記録がある
- 体重
- 個体差大。2023年に台湾で確認された妊娠個体は全長約 4.7 m・約 800 kg と報告された
- 生息域
- 外洋の大陸棚外縁・上部大陸斜面・海底峡谷・海山などの深場。従来の記録は 30〜1,300 m、特に 270〜960 m が多い。2024年には従来よりさらに深い自然環境での生体観察が行われた
- 分布
- 大西洋・インド洋・太平洋の温帯〜亜熱帯域に散発的。日本では東京海底谷、相模湾、駿河湾、遠州灘など太平洋岸で多くの記録がある
- 好適水温
- 低温の深海環境に適応。生息水温の推定値にはモデル差があるため、固定的な「好適水温」として断定するより深度・海域と合わせて考える必要がある
- IUCN
- LC(低懸念)※2017年評価。FishBase 2025-2 でも LC 表示
- 危険度
- ★☆☆☆☆(1:人への攻撃性は知られておらず、深海性のため遭遇自体が極めて稀)
- 深海性:ラブカ/カグラザメ
- 顎前突の比較対象:アオザメ科などの“咬みつき”とは機構が異なるが、ネズミザメ目の捕食様式を比較するうえで有用
- 「生きた化石」と呼ばれるサメの比較:ラブカなどと同様、古い系統の特徴を残す深海ザメとして紹介されることが多い
形態
扁平で長い“へら状の吻”と、半透明がかったピンク〜灰色の体色が特徴。体色は皮下の血管が透けるためで、死亡後は褐色〜灰色に退色する。背鰭は小さく丸い。
顎の前突能力が極端で、上下顎が一気に前方へ飛び出す。2016年の高速映像解析では、下顎の最大速度は約 3.14 m/s、顎の前突距離は全長の 8.6〜9.4%に達した。研究では他のサメ類と比べて前突量が 2.1〜9.5 倍に相当するとされ、現生サメでも突出した顎射出能力を持つ。
💡 補足:ミツクリザメの顎は「スリングショット(パチンコ)」のように機能します。泳ぎが速いとは考えにくい深海ザメにとって、獲物との残りの距離を顎そのものが一気に詰める射出機構は、深海で確実に獲物を捕らえるための極端な適応と考えられています。
ミツクリザメは「吸い込む」のではなく、顎を撃ち出して噛む
ミツクリザメは巨大な口を一気に前へ出すため「吸い込み式」と説明されることがありますが、 2016年の研究では捕食時の口の開き方や時間、鰓裂の動きなどから、 強い吸引で獲物を引き込む suction feeding ではなく、ram feeding(ラムフィーディング)に近いと判断されています。
下顎はいったん大きく下方・後方へ引かれたあと、前上方へ最高約 3.14 m/s で飛び出します。 顎を最大に開いてから噛みつくまでの一連の動きはわずかな時間で進み、 ミツクリザメ特有の「スリングショット式捕食」と呼ばれる所以です。
生態・食性
底層〜中層の硬骨魚類、イカ類、甲殻類などを捕食。電気受容器(ロレンチーニ器官)が吻部に多く分布し、暗い深海で周囲の生物が発する微弱な電気信号を感知するのに役立つと考えられる。
日本の東京海底谷と周辺海域で行われた研究では、計148個体の情報が解析され、そのうち東京海底谷産の110個体について胃内容物が調査されました。 確認された餌には硬骨魚類、イカ類、十脚甲殻類、等脚類などが含まれ、特に魚類が重要な餌であることが示されています。 32個体の胃は空でしたが、深海生物では捕獲・消化状態によって胃内容物を確認できないこともあり、「何も食べていない」という意味ではありません。
行動
体は柔らかく鰭も小さめで、遊泳は緩慢と考えられる。主にベンソペラジック(海底近く)域で活動。長距離回遊というより、深場での点在的分布が示唆される。記録が少なく詳細は不明。
これまでの研究の多くは、底刺網や底引き網などで捕獲され、海面へ揚げられた個体に依存していました。 そのため「本来の深海でどう泳ぎ、どんな場所を選んでいるのか」は長く大きな空白でした。
2026年、自然の深海を泳ぐミツクリザメを初めて直接観察
2026年5月、Journal of Fish Biology に、ミツクリザメの初の生息環境内(in situ)での生体観察が報告されました。 観察されたのは、2019年にジャーヴィス島近くの海山で撮影された個体と、2024年にトンガ海溝斜面で撮影された個体です。
それ以前にも生きたミツクリザメの映像自体は存在し、2016年には捕獲個体の捕食行動が詳細に解析されています。 しかし、それらは捕獲された個体を海上付近で撮影したものでした。 2026年の研究の重要性は、人に捕獲されていないミツクリザメが、本来の深海環境を泳いでいる姿を直接観察した点にあります。
2つの観察記録は、これまで知られていた地理的分布と深度範囲を大きく拡張し、 ネズミザメ目で知られていた深度記録をさらに108m更新したと報告されています。 「深海ザメなのに、深海で生きている姿は誰も見たことがなかった」という妙な状態が、2026年になってようやく一歩進みました。
ただし、観察例はまだわずか2地点です。 研究チームも、生息場所の好みや保全状況をより正確に把握するため、遠隔映像などによる追加調査が必要だとしています。
ミツクリザメは日本にもいる?東京海底谷は世界的な研究地
ミツクリザメは世界各地から記録されますが、日本との関係が非常に深いサメです。 そもそも本種は、日本で採集された全長約107cmの標本をもとに1898年に新種として記載されました。 属名 Mitsukurina も日本の動物学者・箕作佳吉に由来します。
2007年に発表された東京海底谷と周辺海域の研究では、計148個体が調べられました。 1995〜1996年には東京海底谷の水深100〜350mで125個体が採集され、 さらに相模湾、駿河湾、遠州灘などの23個体の情報も解析されています。 過去の国内記録も含めると、太平洋側では銚子から紀伊半島にかけて記録されています。
東京海底谷では特に10月〜4月、水深200〜245m付近で底刺網に入る例が多く、 世界的に見てもミツクリザメの形態・食性を研究するうえで貴重なデータが集まった海域です。 「東京湾に普通にいるサメ」という意味ではありませんが、東京湾口から相模湾につながる深い海底谷周辺は、ミツクリザメ研究で重要な場所です。
繁殖
無胎盤性胎生(卵胎生と表現されることもある)で、卵黄を吸収した後の胎仔が母親の体内で供給される未受精卵を食べる卵食(oophagy)を行うと考えられています。 FishBase でも、母体が産生する卵を胎仔が食べる繁殖様式として整理されています。
2023年6月には台湾北東部で、全長約4.7m・約800kgと報告された大型メスが底引き網に混獲され、体内から6匹の胎仔が確認されました。 ミツクリザメの妊娠個体は非常に貴重で、ほとんど分かっていなかった繁殖生態を考えるうえで重要な記録です。
出生時の大きさは、既知の最小個体などから約82cm前後と推定されることがあります。 一方で、妊娠期間、出産周期、メスの成熟年齢、出産場所などは依然としてほとんど分かっていません。
寿命は60年? これは「推定値」
2021年の年齢・成長研究では、全長315.2cmのオスの椎体を特殊染色して調べ、最低27歳と推定されました。 そのデータと既知の体長記録を使ったベイズ成長モデルでは、オスの最大体長を約374cm、成熟を約16歳、寿命を最大約60年と推定しています。
ただし、深海性サメは椎体の石灰化が弱く、年齢査定そのものが難しい生物です。 「ミツクリザメは必ず60年生きる」と確定したわけではなく、オスでは最大約60年と推定する研究があると理解するのが適切です。
人との関わり・危険性
深海性で遭遇が極めて稀。サメ咬傷統計でもほぼ関与しない。FishBase でも人への危険性は「Harmless」とされる。混獲(底刺網・延縄・底引きなど)が人間との主な接点で、商業的に狙われる主要対象種ではない。
IUCN は2017年評価で LC(低懸念)としています。広い海域から散発的に確認される一方、自然環境での観察、生息密度、繁殖周期、個体数動向などの情報はきわめて限られています。 そのため、LCという評価を「研究しなくても問題のないサメ」という意味に受け取るべきではありません。
深海ザメは減っても回復が遅い可能性がある
ミツクリザメは大量に漁獲される主要商業種ではありませんが、深海性のサメは一般に成長や成熟が遅い種が多く、 ミツクリザメについても年齢研究では長寿・遅い成熟が示唆されています。 現在のIUCN評価はLCですが、混獲記録と個体群動向を継続して確認することが重要です。
ミツクリザメは水族館で見られる?
ミツクリザメは水族館で長期間飼育することが非常に難しい深海ザメです。 捕獲時のダメージ、深海と表層の環境差、長期的な給餌・水温管理などの問題があり、 現在、一般的な水族館で長期の生体展示を期待できる種類ではありません。
そのため水族館・博物館では、液浸標本、剥製、顎、映像資料などによって紹介されることが中心です。 展示状況は施設ごとに変更されるため、特定施設へ行く場合は公式サイトで最新情報を確認してください。
トリビア
- 命名の由来:属名 Mitsukurina は日本の動物学者・箕作佳吉、種小名 owstoni は収集者 Alan Owston に献名。初記載は 1898 年、David Starr Jordan による。
- “生きた化石”的特徴:ミツクリザメ科で現生するのは本種のみで、古い系統の特徴を残すことから「生きた化石」と表現されることがある。ただし、現在のミツクリザメ自体が1億年以上まったく変化していないという意味ではない。
- 世界でも日本の記録が重要:FishBaseでも相模湾から多数の捕獲例が報告されたことが記載され、東京海底谷を含む日本沿岸の標本研究が生態解明に大きく貢献してきた。
- 深度更新:2026年に公表された研究では、2019年と2024年の深海映像から自然環境での生体が初めて報告され、既知の地理・深度範囲が拡張された。
- 顎は一度出して終わりではない:2016年の高速映像では、顎を前突して噛みついた後、引き戻す途中で口を再び開閉する独特の動きも確認されている。
まとめ
ミツクリザメは、極端な顎前突と長い吻を持つ深海の捕食者。世界的に散在し、低温・深場の環境に適応している。人間に対しては実質的に危険性が低いが、混獲と情報不足は今後も確認すべき課題。深海生態の“空白”を埋める重要な研究対象でもある。
2016年には「スリングショット式」と呼ばれる顎の射出速度と捕食行動が詳細に解明され、 2021年にはオスの年齢・寿命・成熟年齢の推定が進み、2023年には台湾で6胎仔を持つ妊娠個体が記録されました。 そして2026年には、ついに本来の深海環境で泳ぐ生体が初めて直接観察されています。 名前も姿も有名なのに、実際の生活はほとんど見えていない。その「分からなさ」そのものが、ミツクリザメ最大の魅力です。
関連
- 同じ深海性:ラブカ / カグラザメ
- 独特の捕食機構の比較:アオザメ(高速突進型)
- 同じく深場を利用する大型ザメ:メガマウスザメ
- 日本近海の深場で記録(番外・硬骨魚):リュウグウノツカイ
FAQ(よくある質問)
Q1. ミツクリザメはどこで見られますか?
大陸棚外縁・大陸斜面・海底峡谷などの深場に生息します。従来の記録では30〜1,300m、特に270〜960mが多く、日本では東京海底谷・相模湾・駿河湾・遠州灘などに記録があります。ただし通常は研究・漁業による偶発的な確認が中心です。
Q2. 人を襲いますか?
人への攻撃性は知られていません。深海性で人間と自然状態で遭遇すること自体が極めて稀で、FishBaseでも人への危険性は「Harmless」とされています。
Q3. どれくらい大きくなりますか?
一般には2〜4m級です。FishBaseではcommon lengthを200cm、最大長を617cmとしています。最大値は大型個体の推定を含むため、「最大推定約6.17m」と理解するのが安全です。
Q4. なぜ顎が飛び出すのですか?
泳いで獲物へ急接近する代わりに、顎そのものを高速で前へ射出して獲物との距離を詰めるためと考えられています。2016年の研究では下顎の最大速度約3.14m/s、前突距離は全長の8.6〜9.4%に達しました。
Q5. ミツクリザメは獲物を吸い込むのですか?
強い吸引を主に使うsuction feederというより、顎を高速で前方へ射出して噛みつくram feederに近いと2016年の研究で判断されています。
Q6. ミツクリザメは日本にもいますか?
はい。日本はミツクリザメ研究で非常に重要な地域です。1898年の新種記載も日本産標本に基づき、東京海底谷・相模湾・駿河湾・遠州灘などから多数の記録があります。
Q7. ミツクリザメの寿命は何年ですか?
正確な寿命はまだ確定していません。2021年の研究では全長315.2cmのオスが最低27歳と推定され、成長モデルではオスの寿命を最大約60年と推定しています。
Q8. 飼育できますか?
長期飼育は非常に難しく、一般的な水族館で継続展示されるサメではありません。深海から捕獲されること自体が少なく、捕獲時のダメージや環境変化への対応も難しいため、標本や映像で紹介されることが中心です。
Q9. 2026年に何が分かったのですか?
2019年と2024年に撮影された映像をもとに、自然の深海環境を泳ぐ生きたミツクリザメが初めて科学的に報告されました。既知の地理的分布と深度範囲も拡張されています。
Q10. 保護状況は?
IUCNはLC(低懸念)です。ただし自然環境での観察例や繁殖・個体数の情報は非常に少なく、底刺網・延縄・底引きなどによる混獲記録と個体群動向の継続的な把握が必要です。
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- FishBase – Mitsukurina owstoni
- Nakaya et al. (2016) Slingshot feeding of the goblin shark Mitsukurina owstoni
- Judah et al. (2026) First in situ observations of the goblin shark Mitsukurina owstoni
- Caltabellotta et al. (2021) Preliminary age and growth of the deep-water goblin shark
- Yano et al. (2007) Some aspects of the biology of the goblin shark collected from the Tokyo Submarine Canyon and adjacent waters, Japan
- Taiwan News (2023) 台湾で確認された妊娠ミツクリザメと6胎仔
- IUCN Red List of Threatened Species
- FAO Fisheries & Aquaculture
深海ザメって、私たちが本能的に感じる「怖さ」がそのまま形になったような存在ですよね。特にミツクリザメの、獲物を捕らえる瞬間にスライドして飛び出す顎のギミックは、まさに映画『エイリアン』そのもの。この進化の極致には、生物としての畏怖の念すら覚えます。
ぼくは「ミツクリザメ」っていう名前よりも「ゴブリンシャーク」のほうが強そうで覚えやすくて好き!図鑑で見たけど、あごがガッて飛び出るのがロボットみたいでめちゃくちゃかっこいいんだよ!