
わずか21.5cm!モーリシャス沖で新種の超小型サメを発見
2026年8月、インド洋南西部のモーリシャス沖から、新種のランタンシャーク Etmopterus bulbosus が記載されました。 現時点で知られている標本は、全長わずか21.5cmのメス1個体だけ。 大きくふくらんだ吻(ふん/鼻先)を持つ、手のひらサイズの深海ザメです。
21.5cmというと、巨大ザメのイメージとは完全に逆方向です。 しかも「小さいから新種」なのではなく、鼻の形、皮膚の小さな歯のような構造、 体側の模様、さらにDNAまで調べて別種と確認されています。 深海は、まだ名前すら付いていないサメが普通に残っている世界なんですよね。
新種 Etmopterus bulbosus とは?
新種を記載したのは、サメ研究者David A. Ebert氏らの研究チームです。 原著論文は2026年8月12日、海洋生物学のオープンアクセス誌 Journal of the Ocean Science Foundation に掲載されました。
| 学名 | Etmopterus bulbosus |
|---|---|
| 英名 | Big-nosed Lanternshark |
| 分類 | ツノザメ目 カラスザメ科 カラスザメ属(Etmopterus) |
| 確認された標本 | メス1個体 |
| 全長 | 215mm(21.5cm) |
| 採集海域 | モーリシャス沖・インド洋南西部 |
| 採集水深 | 400〜500m |
標本は中層トロールによって、水深400〜500mから得られました。 現時点では、この1個体だけをもとに知られている種です。
つまり、新種として名前は付いたものの、 生息数、成熟時の大きさ、繁殖、食性、行動などはほとんど分かっていません。
最大の特徴は「ふくらんだ大きな鼻」
Etmopterus bulbosus の最も目立つ特徴は、 丸く大きくふくらんだ吻です。 英名の「Big-nosed Lanternshark」も、この大きな鼻先に由来します。
研究チームは、単に「鼻が変わっている」という見た目だけで 新種と判断したわけではありません。
胸びれの付け根より上から第一背びれの後方にかけて、 大きく棘状になった皮歯(ひし)がまとまって存在することや、 体側・尾部にある暗色模様の形など、 複数の形態的特徴を近縁種と比較しています。
皮歯とは?
サメの体表は、一般的な魚のうろことは異なる 皮歯(dermal denticle)という、 小さな歯のような構造に覆われています。
種によって形や並び方が異なるため、 見た目のよく似た深海ザメを分類するときにも重要な手がかりになります。
DNAでも「別の種類」と確認
見た目だけでは判別が難しい深海ザメでは、 DNA解析も新種を判断する重要な材料になります。
今回の研究では、ミトコンドリアDNAの COI領域が調べられました。
その結果、利用可能な近縁種のDNA配列と比べて、 少なくとも10.29%の遺伝的な差が確認されました。
鼻の形、皮歯、体の模様といった形態だけでなく、 DNAからも Etmopterus bulbosus が 独立した種であることが支持されたわけです。
どのランタンシャークに近い?
Etmopterus bulbosus は、 カラスザメ属(Etmopterus)の中でも Etmopterus pusillus を含むグループに分類されました。
東アフリカやマダガスカル沖に生息する Etmopterus sentosus にも似ています。
ただし E. sentosus には今回の新種のような 大きくふくらんだ吻がなく、 胸びれ上部の皮歯の並び方や、 体側・尾部の模様にも違いがあります。
サメ図鑑にも同じカラスザメ属の仲間がいる
サメ図鑑を確認したところ、 Etmopterus bulbosus と同じ カラスザメ属(Etmopterus)のサメがすでに掲載されています。
- フジクジラ(Etmopterus lucifer) :日本近海にも生息する小型のランタンシャーク。腹側に発光器を持つ深海ザメです。
- ヘラツノザメ(Etmopterus princeps) :同じカラスザメ属でも1m前後になる大型種。今回の21.5cmという小ささがよく分かります。
- ニシジャカラスザメ(Etmopterus granulosus) :南半球の深海に分布する大型のランタンシャークで、全長60〜80cmほどになります。
同じ属でも、20cm級の超小型種から1m近くになる種類まで存在します。 「ランタンシャークは全部小さい」と思うと、深海側から普通に裏切られます。
ランタンシャークはなぜ光る?
「Lanternshark(ランタンシャーク)」という名前のとおり、 カラスザメ属には体表に 発光器(フォトフォア)を持つ種類が多く知られています。
たとえばサメ図鑑に掲載している フジクジラ では、腹側に発光器を持ち、 深海で青白い光を出します。
代表的な役割のひとつが カウンターイルミネーションです。
深海で下から魚を見ると、 海面から降りてくるわずかな光を背景に、 体が黒い影として浮かび上がります。
そこで腹側を発光させ、 周囲の明るさに近づけることで、 自分のシルエットを目立たなくするのです。
今回の Etmopterus bulbosus については、 生きた個体が実際に発光する様子を直接確認したという報告はまだありません。
同じカラスザメ属だからといって、 発光方法や使い方まで既知種と同じだと断定することはできません。 標本がまだ1個体しかないため、これも今後の研究課題です。
世界一小さいサメなの?
全長21.5cmという数字を見ると、 「世界最小のサメでは?」と思いたくなります。
しかし現時点では、 Etmopterus bulbosus を世界最小のサメと断定することはできません。
世界最小のサメとして広く知られているのは、 Dwarf lanternshark(Etmopterus perryi)です。 この種もカラスザメ属の仲間です。
古い資料では全長20cm前後の超小型種として紹介されることが多いのですが、 2021年にコロンビア沖で153個体を調査した研究では、 最大28.9cmの個体が確認されています。
それでも E. perryi は、 小さな成熟サイズなどから 「最小の既知のサメ」として研究上紹介されています。
一方、今回の E. bulbosus は、 まだ21.5cmのメス1個体しか見つかっていません。
この個体が成長途中なのか、 成体でも20cm程度しかない種なのか、 さらに大きな個体が存在するのかも分かっていません。
結論:今は「世界最小級」が正確
Etmopterus bulbosus は、 世界最小のサメではなく、 「世界最小級の可能性がある非常に小さなサメ」 と表現するのが適切です。
なぜ深海では新種のサメが見つかる?
今回の新種が採集された水深400〜500mは、 人間が日常的に観察できる場所ではありません。
深い海を調査するには、 調査船、トロール網、遠隔操作無人探査機など、 大掛かりな設備が必要です。
さらに、小型の深海ザメには 外見が非常によく似た種類が多くいます。
標本を詳しく測定し、 歯、皮歯、ヒレ、体の比率、模様などを比較し、 DNAまで調べて初めて 「実は別の種類だった」と分かることがあります。
今回も、モーリシャス沖から得られた 小さな1個体を詳しく調べたことで、 これまで知られていなかった独立した種であることが判明しました。
「突然新しいサメが誕生した」のではありません。 ずっと深海に暮らしていた生物に、 人間がようやく気づいて名前を付けた という話です。
サメ図鑑の 深海のサメ一覧 を見ると、 ラブカやミツクリザメのような有名種だけでなく、 小型のツノザメ類も数多く存在することが分かります。
まだ分からないことだらけ
今回、新種として名前は付きました。 しかし Etmopterus bulbosus の暮らしが 詳しく分かったわけではありません。
- 21.5cmより大きくなるのか
- 何歳で成熟するのか
- 何を食べているのか
- どこまで広く分布しているのか
- どのように発光するのか
- 個体数は多いのか、少ないのか
- どのように繁殖するのか
これらは現時点ではほぼ未解明です。
たった1個体からでも、 形態とDNAを詳しく調べることで 「新種であること」は分かります。
しかし、 「どんな生活をしているサメなのか」を知るには、 さらに多くの標本や、生きた個体の観察が必要です。
まとめ
2026年に新種として記載された Etmopterus bulbosus は、 モーリシャス沖の水深400〜500mから得られた、 全長21.5cmの超小型ランタンシャークです。
大きくふくらんだ吻、 特徴的な皮歯と体側模様を持ち、 DNA解析でも近縁種と少なくとも10.29%の差が確認されました。
一方、知られている標本はまだメス1個体だけです。
世界最小のサメなのか。 何を食べるのか。 どのように発光するのか。 どこまで分布しているのか。
そのほとんどは、まだ分かっていません。
巨大なジンベエザメやホホジロザメだけが サメの世界ではありません。
人の手のひらほどの小さなサメが、 名前も付かないまま深海に暮らしている。 今回の新種発見は、 サメの多様性と、深海に残された研究の余白をよく示す例です。