
絶滅危惧のサメを守る3つの海域!57,000件のダイバー観察記録が保全に貢献
カリブ海のケイマン諸島で、 3つの沿岸海域が「重要なサメ・エイ生息域(ISRA)」 に認定されました。
対象となったのは、IUCNレッドリストで Endangered(EN/危機)と評価されている ペレスメジロザメ(カリビアンリーフシャーク) (Carcharhinus perezi)です。
しかも今回の認定を支えたのは、 研究者だけが集めたデータではありません。
地元のダイバーやダイビング事業者などが長年記録してきた 57,365件の潜水観察データが、 国際的な保全評価に使われました。
普段のダイビングで「今日はサメを見た」と記録し続けることが、 世界的なサメ保全につながったのです。
今回面白いのは、 「新しいサメ保護区ができた」という話だけではありません。
何年もダイバーがコツコツ残してきた観察記録が、 「この場所はサメにとって大事だ」と証明するデータになりました。
サメを守るというと法律や研究船を想像しがちですが、 海でサメを見た人が記録することも立派な科学になります。
「サメを見つけた場所をみんながずっと記録していたら、 『ここはサメにとって大事な場所だ!』って世界に認められたんだよ」 という話です。
ケイマン諸島の3海域が「ISRA」に認定
2026年10月20日、 ケイマン諸島環境局 (Department of Environment:DoE)は、 3つの沿岸海域が Important Shark and Ray Areas(ISRAs) に正式認定されたと発表しました。
ISRAは、 IUCN種の保存委員会(SSC)の Shark Specialist Groupが進めている国際的な取り組みです。
サメ・エイ・ギンザメ類にとって、 生存や繁殖などの面で重要な海域を 科学的な基準によって特定します。
| 認定海域 | 場所 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| Queen’s Highway ISRA | グランドケイマン島北東岸 | 潜水記録の37.4%でカリビアンリーフシャークを確認 |
| Gun Bay ISRA | グランドケイマン島南東岸 | 42.3%で確認。最大15匹の群れも記録 |
| Bloody Bay Little Cayman ISRA | リトルケイマン島 | 新生児から成長した個体まで幅広い成長段階を確認 |
3海域はいずれも、 カリビアンリーフシャークが継続的に観察される ケイマン諸島の重要な場所です。
対象は絶滅危惧のペレスメジロザメ(カリビアンリーフシャーク)
今回の3海域で認定の対象となったのは、 ペレスメジロザメ(カリビアンリーフシャーク) (Carcharhinus perezi)です。
| 和名 | ペレスメジロザメ |
|---|---|
| 英名 | Caribbean Reef Shark |
| 学名 | Carcharhinus perezi |
| 分類 | メジロザメ目 メジロザメ科 メジロザメ属 |
| 主な生息域 | カリブ海・西部大西洋のサンゴ礁周辺 |
| IUCN評価 | Endangered(EN/危機) |
今回のISRAは、 絶滅のおそれのある種が継続的に利用する場所であることを示す Criterion A(Vulnerability/脆弱性)と、 サメの群れが繰り返し観察される Sub-criterion C5(Undefined Aggregations) に基づいて認定されました。
単に「サメが見つかった」というだけではなく、 絶滅リスクの高い種類が繰り返し同じ海域を利用していることが 評価されています。
57,365回のダイビング記録が科学データになった
今回の認定でもっとも注目したいのが、 市民科学(Citizen Science)です。
ケイマン諸島環境局は2016年、 Sharklogger Network という取り組みを開始しました。
地元のダイバー、シュノーケラー、 ダイビングスタッフや事業者などが、 普段の潜水で見たサメの情報を記録していく仕組みです。
2017年から2025年までに集まった レクリエーションダイビングの調査記録は、 57,365件に達しました。
「サメを見た記録」だけではない
継続的に潜水記録を残すことで、 「どこでサメを見たか」だけでなく、 「潜ったけれどサメを見なかった」という情報も蓄積できます。
そのため、 「この海域ではどの程度の頻度でサメが観察されているのか」 を比較できます。
長期間にわたって観察データを積み重ねたことで、 3海域がカリビアンリーフシャークにとって 特別な場所であることを示す科学的な資料になりました。
Queen’s Highway|潜水の37.4%でサメを確認
Queen’s Highwayは、 グランドケイマン島北東岸に位置します。
2017~2025年のSharklogger Networkでは、 この海域から3,027件の潜水調査が報告されました。
そのうち 37.4%、1,131回の潜水でカリビアンリーフシャークが確認 されています。
サメは年間を通して記録され、 1回の潜水で最大5匹の群れが観察されました。
3匹以上の群れも繰り返し記録されており、 この海域が継続的に利用されていることが分かります。
Gun Bay|約4割の潜水でサメ、最大15匹の群れ
グランドケイマン島南東岸のGun Bayでは、 さらに高い頻度でサメが記録されています。
2017~2025年に記録された潜水調査は 4,354件。
そのうち 42.3%にあたる1,842件で カリビアンリーフシャークが確認されました。
特に7月と8月に観察が多く、 1回の潜水で 最大15匹が観察された例もあります。
3匹以上の群れは444回記録されました。
さらに、 腹部が大きく膨らんだ妊娠個体とみられるサメや、 交尾に関連すると考えられる傷を持つ個体も記録されています。
ただし、 Gun Bayで群れが形成される理由や、 繁殖との関係については さらに研究が必要とされています。
Bloody Bay|赤ちゃんから成長したサメまで確認
リトルケイマン島にあるBloody Bayも、 ISRAに認定されました。
この海域は Bloody Bay Marine Park と重なる場所です。
特に重要なのは、 カリビアンリーフシャークの 新生児(neonate)や、 その年に生まれた幼魚(young-of-the-year)を含む 幅広い成長段階の個体が確認されている ことです。
成長した個体だけが一時的に利用する場所ではなく、 若いサメも利用していることが、 この海域の重要性を考える材料になっています。
ISRAに認定されると「サメ保護区」になる?
ここは今回のニュースで 最も誤解しやすいところです。
ISRAは、 「ここはサメやエイにとって科学的に重要な場所です」 と国際的な基準で特定する仕組みです。
認定された瞬間に、 漁業、船舶の航行、ダイビングなどが 新たに禁止される制度ではありません。
ISRAで得られた情報は、 今後のさまざまな海洋政策に活用できます。
- 海洋保護区などの保全政策
- 海域をどのように利用するか決める海洋空間計画
- 開発などを行う際の環境影響評価
- サメやエイの研究対象地域の選定
- 漁業・観光とサメ保全の共存策
つまりISRAは、 「規制そのもの」ではなく、 将来の判断に使える科学的な地図 と考えると分かりやすいでしょう。
ケイマン諸島のサメは、すでに法律で守られている
「ISRAに法的規制がない」と聞くと、 ケイマン諸島ではサメを自由に捕獲できるように 感じるかもしれません。
しかし、それは違います。
ケイマン諸島では National Conservation Actに基づき、 2015年からサメが法的に保護されています。
ケイマン諸島環境局によると、 沿岸・沖合を問わず、 サメを傷つけたり、所有したり、殺したりすることは禁止されています。
つまり今回のISRAは、 「これまで守られていなかったサメを新たに保護した」 という制度ではありません。
すでに存在する法的保護とは別に、 カリビアンリーフシャークが特に頻繁に利用する重要な海域を 科学的に特定した ことに意味があります。
パラオの「サメ保護区」と何が違う?
サメ図鑑では、 パラオのサメ保護 についても紹介しています。
パラオは2009年、 国の海を対象とするサメ保護区を宣言し、 サメ漁などを規制する保全政策を進めてきました。
一方、今回のISRAは 「サメを捕ってはいけない海域を新設する制度」 ではありません。
| 比較 | パラオのサメ保護 | ケイマン諸島のISRA |
|---|---|---|
| 主な役割 | 法律・政策によりサメを保護 | サメにとって重要な海域を科学的に特定 |
| 法的規制 | あり | ISRA認定自体にはなし |
| 主な根拠 | 国の政策・法律 | 生態・観察・研究データ |
| 今回の特徴 | 広い海域でサメを保護 | 57,000件を超える市民科学データを活用 |
なお、 ケイマン諸島ではISRAとは別に、 すでにサメを保護する国内法があります。
「保護区」「法律」「重要生息域」は似ていますが、 何を指定し、何を規制する仕組みなのか は分けて考える必要があります。
なぜ「市民科学」がサメ保護に役立つ?
サメの調査には大きな問題があります。
海は広く、 研究者だけで毎日すべての場所を観察することはできません。
特にサメは広い範囲を移動することもあるため、 数回の調査だけでは 「いつもこの場所にいるのか」 「たまたま通過しただけなのか」 を判断することが難しい場合があります。
そこで役立つのが、 日常的に海へ潜っているダイバーです。
多くの人が長期間にわたって観察を続ければ、 研究者だけでは集めにくい 大量の長期データを蓄積できます。
今回は、 2017年から2025年まで積み重ねられた 57,365件もの記録が、 国際的なISRA認定を支えるデータになりました。
「見つけた!」を記録することにも意味がある
生き物を守るために、 必ずしも専門の研究者になる必要はありません。
同じ場所で、 同じように、 長期間観察を続ける。
その積み重ねが、 海の変化や生き物の生息場所を知る 大切な手掛かりになります。
認定されたら終わりではない
ISRAに認定されたからといって、 カリビアンリーフシャークの将来が 自動的に安全になるわけではありません。
ISRAは、 重要な場所を特定するための科学的なツールです。
その情報を、 実際の海洋管理や保全政策、 開発計画、 漁業管理、 継続的な調査へどう生かすかは、 その後の取り組みにかかっています。
IUCN SSC Shark Specialist Groupは、 北米・カリブ海大西洋地域について 将来再評価を行う予定としており、 ケイマン諸島環境局も Sharklogger Networkによる観察の継続を呼びかけています。
「サメを守る方法」は一つではない
サメ図鑑の 世界のサメと人のくらし では、 国や地域によって異なるサメとの関わり方を紹介しています。
パラオではサメ保護政策、 アメリカでは漁業管理、 オーストラリアでは保全と人の安全対策、 日本では漁業や食文化など、 サメとの関係は地域によって大きく異なります。
今回のケイマン諸島から見えてくるのは、 「まずサメがどこで暮らしているのかを知る」 という保全方法です。
サメを守るルールを考える前に、 どの種類が、 どこに、 いつ、 どのくらい集まっているのかを知る。
そのために、 研究者と地域のダイバーが一緒にデータを集める。
ケイマン諸島のISRA認定は、 市民の観察と科学がつながった サメ保全の興味深い事例です。
まとめ
2026年10月、 ケイマン諸島の Queen’s Highway、Gun Bay、Bloody Bayの3海域が、 IUCN SSC Shark Specialist Groupの 「重要なサメ・エイ生息域(ISRA)」に認定されました。
対象となったのは、 Endangered(EN/危機)と評価されている カリビアンリーフシャークです。
認定を支えたのは、 2017~2025年にダイバーなどが集めた 57,365件の潜水観察データでした。
Queen’s Highwayでは37.4%、 Gun Bayでは42.3%の潜水でサメが確認され、 Gun Bayでは最大15匹の群れも記録されています。
Bloody Bayでは、 新生児やその年に生まれた幼魚を含む 幅広い成長段階の個体が確認されています。
ISRA認定そのものに新しい法的規制はありません。 しかし、 サメにとって重要な場所を科学的に示すことで、 今後の海洋管理や保全政策、研究に役立てることができます。
そして今回何より興味深いのは、 普通のダイバーたちが何年も積み重ねた観察記録が、 世界的な保全評価につながったことです。